Fleche [フレッシュ]とは

フレッシュは、フランスの偉大なサイクリストでありシクロツーリズムの父と呼ばれる、ポール・ド・ヴィヴィ [ベロシオ]が復活祭に自転車で里帰りしていたことから始まっています。多くの日本人にとっては復活祭を祝う習慣はありませんが、共に走った仲間と健闘を称えあい、各地から集まった仲間との再会を喜び合うフレッシュのスピリットは理解できるでしょう。
参考:
History of the Fleche Velocio 原文(英語)/ACP
ベロシオについては カナダのBC Randonneurs に詳しく記事があります(英語)


フレッシュ・ベロシオの歴史

このイベントは当時ACPの代表であったピエール・モリニエの発案したもので、復活祭にポール・ド・ヴィヴィ [ベロシオ] が生まれ故郷のペルネ・レ・フォンテーヌまで自転車で里帰りしていたことに由来します。彼は一人で走ることもあったし、友人たちと走ることもあったといいます。彼は復活祭の時期に見られる、生まれ故郷の美しい自然を愛していました。シクロツーリズムの父であるベロシオの功績を称えるべく仏シクロツーリスム連盟(FFCT)は復活祭に合わせて走行会を行うようになりました。

1947年ノートルダム寺院から フレッシュ・ベロシオがスタート

ピエール・モリニエはそれをフレッシュ・ベロシオと称し復活祭に絡めた集会として行うことを提案しました。毎年違う街が目的地として選ばれ、地元のクラブが集会を取りまとめることとしたのです。1947年に始められたこの走行会はアローズ(矢印)と呼ばれ、スタート地点はパリのノートルダム寺院でした。 5人一組のサイクリスト達は24時間でできるだけ長い距離を走り、可能な限り目的地の近くまで達することが求められました。そして日曜日に目的地まで走った仲間同士で互いの健闘を称えあうのです。フランス全土のサイクリスト達(それがフレッシュの参加者であってもなくても)が今日でもこのような形で走行会を行っていることは大変に喜ばしいことです。それ以来、変更されたルールもありますが基本は変わりません。フレッシュ・ベロシオは復活祭に合わせて行われ、集まった参加者がブルベカードを差し出すのは日曜日の集会と決まっています。

ナショナル・フレッシュ [アローズ]誕生

ランドヌール5000 が行われるようになると、国外のサイクリストからも是非フレッシュ・ベロシオを取得したいとの声が上がるようになりました。ランドヌール5000の取得にフレッシュ・ベロシオが必須なのですが、フランスまでやって来るのは大事なのです。[実際にフランスまで来る人たちもいました]。 それを考慮してACPはフレッシュ・ベロシオのルールを守ることを条件にアローズが他の国でも行えることとしました。復活祭の時期に雪が降る国では例外としてホワイトサンデー(聖霊降臨祭)までに走れば良いこととします。他に復活祭の前後一週間のどちらでも良いこととします。イギリス、ドイツ、スペイン、ブルガリアなどでは地理的に中心に集まる形でアローズ(矢印)の数を増やすことが可能です。北欧の国々では二年毎に走行会を実施し、目的地のクラブが交代で運営を行っています。これらはナショナル・アローズであり、この様に運営されるべきものなのです。アローズは個別に行われるものではないのです。 フランス以外で初めてアローズを実施したオーストラリアを含むカナダやアメリカなどでは国土が広大なために地域別にアローズを行っています。各チームが集まれる中心的な場所を目的地とし、フレッシュ・ベロシオの規定を満たすことが条件です。地域によっては日曜日に集まったサイクリスト同士でピクニックや昼食会を行って祝ったりします。

注釈、参考: Paul de Vivie http://en.wikipedia.org/wiki/Paul_de_Vivie FFCT = Federation francaise de cyclotourisme ホワイトサンデー = Whitsun、Whit Sunday、聖霊降臨祭、復活祭から50日目の日曜日

日本語訳:2008.2.19 Tak Kawano/Audax Japan

最終更新日: 2008/02/19